亡くなった人を語る

みなさんご存知の「ほぼ日刊イトイ新聞」。始まった頃から読んでいます。あれは、日本で仕事をしてた頃だったなーーー。「ほぼ」とか言って、ずっと続いているのですごいです。

最近は毎日見ることはないけれど、一昨日みたらトップページにこんなことが書いてありました。トップページは、毎日新しくなって読み返すことができないので、ここに残しておこうと思います。

亡くなった人のことについて、亡くなったタイミングで、なにか言うのはむつかしい。たぶん、事実としては亡くなっているのだろうけれど、じぶんの思い出のなかに、まだ、その人の死が入っていないのだ。
 
生きていることにして語るわけにはいかないし、まだ、亡くなったことがこころに居場所をつくれてない。そういう時間があるものだ。「あの人は、もう亡くなったんだ」と、何度か感じることが重なって、その人は、ぼくのなかで思い出になる。

それまでの間、その人の死は、おそらく「ニュース」なのだという気がする。「ニュース」に対して、なにかを語るのはむつかしい。起こったばかりのことについて、考えるのはむつかしい。考える前に、思うことや感じることも、まだ少ないから、語るのは、もっとむつかしい。ある人が亡くなったという事実は、その事実が感じさせ、なにかを思わせる時間を経て、なにかのことばを生み出す。そういうものなんだと、いまさらぼくは整理している。
 
だから、というと言い訳のようだけれど、ぼくは誰かが亡くなったという事実について、コメントすることがほとんどない。じぶんが、そのことについて言いたくなったときに、じぶんの言いたい分量だけ言えばいい。コメントを言う職業でないのだから、それでいいと思う。




糸井さん。さすが、言葉にならないことを言葉にする仕事をされているだけあって、すごいなーと思った。この文章に元気付けられる人は、たくさんいるに違いない。

そうだよね。
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アメリカでの専業主婦生活、意外と楽しんでいる自分にビックリ。 2008年1月生まれの長女Kと私の日常。時々旦那
About me
アメリカ中西部に住む専業主婦。昔はなりたくないと思っていた専業主婦も、なってみると私に向いている事が発覚!いろんなものを作るのが楽しくて仕方がありません。

2014年に小さな農家を購入し、肉牛を育てています。

旦那、私(えま)、2008年生まれの娘(K)の三人暮らし